2011年5月29日日曜日

【音楽ビジネスはいずこへ?】

前回はFacebook, TwitterなどSNSサービスやYouTube, Ustreamを始めとする映像配信サービス、その他、課金決済サービスを始め、様々なインフラが オープンでグローバルなプラットフォームとして整備が進んでいるという話をしました。そして、そんなプラットフォームを使って、企業だけに限らず、個人やアーティストも自ら発信し、ユーザーと直接コミュニケーションを図ることも可能になりました。

◆レディー・ガガのビジネスモデル

そんな中、先日「レディー・ガガに学ぶビジネス戦略」って記事が発信されてました。いろんなソーシャルメディアを縦横無尽に活用して、自らを発信し続けているLADY GAGAについてドイツのビジネススクールの教授が、その戦略に注目し、これは企業の戦略にも使えるという指摘をしているという話でした。LADY GAGAはFacebookで36百万人のファン。Twitterで10百万人のフォロワー。YouTubeのオフィシャルページで再生回数も億単位。へたなメディアや企業より影響力があるのは確実です。こうなってくるとレーベルやメディアに頼らず自分主導でいろんなビジネス展開ができてしまいますからね。
http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPJAPAN-21376320110526

◆レベッカ・ブラックのヒット

一方、LADY GAGAとは真逆な素人が、ソーシャルメディアから新しい形のヒットを作り出したという話を聞きました。音楽やダンスが好きだった13歳の娘レベッカの為に母親がロスでレコーディングと音楽ビデオの制作を30万円ぐらいで請け負う会社に制作を依頼。結果、出来上がった曲「フライデー」は2月にYouTubeに投稿され、3月に火がつきます。
でも話題になった原因は「史上最低な曲」という酷評。聴いてみると確かに酷い曲です。それでも再生回数は1億5000万を超えてます。
http://www.youtube.com/watch?v=vH--AdCVUek(日本語訳詞つき) 
参考ブログ:http://yogakutengoku.blog135.fc2.com/blog-date-20110418.html

これから日本でもきっと、ソーシャルメディア上から、こういうアーティスト?がでてくるんだろうなと想像します。カリスマな大物だけでなく、酷いアマチュアから、一部のコミュニティにだけで成立するマイクロな音楽ジャンルやアーティストまで。

◆2010年の日本の音楽市場実績

そんな中で今の日本の音楽市場の状況については、4月に日本レコード協会が「日本のレコード産業2011」ってレポートを出してます。
http://www.riaj.or.jp/issue/industry/pdf/RIAJ2011.pdf

音楽ソフト市場全体としてみると、2007年まではCDの落ち込みを音楽配信でカバーと言えてましたが、2008年から市場全体でダウントレンドに入りました。


















◆要するにAKB48と嵐

CDシングルは前年比+10%ぐらいになっているようですが、これはAKBと嵐の効果が大きく。AKBと嵐を除くと、CDシングル市場もマイナスのようです。
2010年のオリコン年間シングルランキングトップ10が以下です。見事です。

1位 : 95.4万枚 … AKB48「Beginner」
2位 : 71.3万枚 … AKB48「ヘビーローテーション」
3位 : 69.9万枚 … 嵐「Troublemaker」
4位 : 69.6万枚 … 嵐「Monster」
5位 : 66.0万枚 … AKB48「ポニーテールとシュシュ」
6位 : 65.6万枚 … 嵐「果てない空」
7位 : 62.0万枚 … 嵐「Lφve Rainbow」
8位 : 59.7万枚 … AKB48「チャンスの順番」
9位 : 59.1万枚 … 嵐「Dear Snow」
10位 : 51.6万枚 … 嵐「To be free」


参考:
http://blog.livedoor.jp/ustan777/archives/51776739.html
http://www.oricon.co.jp/music/special/2010/musicrank1220/index02.html

そんなAKB48のニューシングル『Everyday カチューシャ』は、既に165万枚出荷だそうですね。なんでも「AKB選抜総選挙」の投票用カードが封入されていて5500枚購入した強者もいるとのこと。もはや「楽曲」を買っている訳じゃないんですね。

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音楽ビジネスはこれからどこに向かうんだろうかと思います。アメリカとか海外の事例をみていくと、次に日本が向かうトレンドもみえてくるかもしれません。


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2011年5月24日火曜日

【プラットフォームとモジュールの話】

IT用語として使われてきたプラットフォームとかモジュールとかいう言葉がビジネス全般において使われるようになってきました。先日、あるイベントで佐々木俊尚さんのお話を聞く機会に、この「プラットフォームとモジュール」が一つのビジネス上のキーワードになっていました。メディアビジネスにおいても、このプラットフォームとどう向き合い、活用するかということが重要になってきていると思います。

◆プラットフォーム
そもそもプラットフォームって何か?調べると「コンピュータにおいて、ソフトウェアが動作するための土台(基盤)として機能する部分のこと」と書いてあります。例えばExcelやWordというアプリケーションはWindowsなどのプラットフォーム上で動いていると言えますよね。

しかしプラットフォームはあらゆるビジネス事象で頻繁に使われる言葉になりました。自動車産業においては最も基本となるシャシー部分がプラットフォームで、そこから部品やモジュールを組み合わせていろんな車種を作り出しています。AndroidはスマートフォンやタブレットPCなどターゲットとして開発されたプラットフォームだし、YouTubeは動画配信のプラットフォームです。

少し前まで放送や新聞などのメディアビジネスはこういったプラットフォーム的な考え方とは別の垂直統合型のビジネスモデルで栄えてきました。自ら番組や記事といったコンテンツをつくり、紙面や番組表として編成し、電波を流す鉄塔や新聞販売店などの流通までを一気通貫で抱えてトータルで収益を確保していた訳ですよね。

しかし放送においてはかなり前から配信、課金、マーケティングとしてスカパーのようなプラットフォームが成立し垂直統合型ではない形が存在し始めました。映像コンテンツはテレビでなくてもYouTubeやUstreamという配信プラットフォーム上で見ることができるようになりました。

ニュースについても今や新聞をとらなくてもyahooニュースやGoogleでも知ることができます。ケータイの世界でも少し前までキャリア毎にがi-modeやez webなどでサービスやコンテンツ、課金インフラを支配していました。しかし今やキャリア共通のAndroidやiTunesというプラットフォーム上でアプリが動き課金ができる環境が整備されつつあります。

SNSの世界でもTwitterやFacebookを始めとしたプレイヤーがプラットフォーム化しています。Twitterのつながりを前提としてfoursquareという位置情報サービスが成立したり、Facebookを前提としてソーシャルアプリ、ソーシャルゲームなどが次々と生まれています。

つまり、一昔前のコンテンツから伝送路までを一気通貫で抱えてユーザーを囲い込むクローズな垂直統合型のモデルの多くは崩壊し始め、オープンなプラットフォームを活用した新しいビジネス形態が増えつつあるということだと思います。

そして、このプラットフォームのトレンドがオープン化とグローバル化だと思います。AndroidもTwitterもFacebookもYouTubeもUstreamも、全て全世界で共通に普及したプラットフォームで、基本的に無償でオープンに解放しています。

これからのメディアビジネスは、きっとこういったオープングローバルプラットフォーム上で、どういう付加価値を提供できるかというところに競争ルールがシフトしていくトレンドだと思います。

◆モジュール
そこで出てくるのがモジュールです。モジュールとは「ハードウェアやソフトウェアにおける、ひとまとまりの機能・要素のことである」と書かれています。FacebookやMixiなどをプラットフォームにして、そこでサードパーティの開発者が提供するアプリやゲームはモジュールと呼べます。アメリカの音楽業界はYouTubeと争うことをやめてYouTubeプラットフォームにしてVEVOというミュージックビデオ配信サービスを開始。これもモジュールです。

コンテンツ制作から流通までを押さえることによって成立していた垂直統合型のビジネスは、オープングローバルプラットフォーム化で収益性を損うことになっていくと想像します。

音楽業界でいえば、楽曲を制作し、CDに固定化し、販売流通網を押さえることによって獲得してきた付加価値の総体が解体され始めます。既にCDの部分がデータ化され、流通網はインターネット、iTunesなどのプラットフォームに押さえられつつあります。
放送も新聞も音楽も、どこの業界も自らネット上でも流通網を確保する動きをとっていますが、オープングローバルプラットフォームの勢いの中で、どこまで独自の領地を確保できるのかは難しい状況に至る可能性があります。


佐々木俊尚さんも言ってましたが、今後、メディアビジネスで新たなビジネスチャンスを探るとき、オープングローバルプラットフォームをうまく活用して、他がまねできないモジュールとして付加価値を出していくことが、一つの生き方であると思います。 
従来のように、無闇に大きく儲けることは困難になる可能性があります。どっかに関所をつくって過度に儲けることはできなくなるということかもしれません。でも食っていけるやり方はあると僕は思います。ここらへん、また考えていきます。


参考)
http://www.facebook.com/SAKAIjyuku
http://blog.goo.ne.jp/denmipapa/e/151665a33282b74ef03e854eaba959f7?fm=rss
http://khayashida.jugem.jp/?eid=150
http://ja.wikipedia.org/wiki/VEVO

2011年5月18日水曜日

【理念やビジョン、航海の例え】

たいていの会社はHP等で理念やビジョンやミッションを掲げています。しかし、じゃあ「そもそもビジョンって何?」。「理念とビジョンは何が違うの?」、「戦略との関係性は?」等々。わかったつもりになっていても結構混乱するところです。実は統一した定義があるわけでもなく、それぞれの流派で、定義づけて議論するしかないとこでもあります。

そんな中、よくある例えで、会社を大海原を航海する船にみたてて説明すると、、というのがあります。


◆経営理念、信条

「経営理念」は航海における「北極星」に例えられます。

まずもって企業というのは社会的存在なので、その目的、使命がなければ存在の意義がありません。逆に言えば「目的と使命をもたない団体は企業ではない」ということです。
「何を信じて、何を究極的な目的として生きているのか」を出発点として企業は活動を開始します。そういった意味で進むべき方向を示す北極星が必要です。それが経営理念ということです。

◆ビジョン

「ビジョン」というのは航海におけいて次に「目指すべき島」に例えられます。

北極星の方向に進むにしても、じゃあ当面、どこをゴールにして航海するのかがないと、判断基準があいまいになり、アクションに結びつきません。具体的な到達地点が明らかにあれば、成功イメージ、そこに至るプロセスが共有できます。 
ビジョンが明確であれば、それを達成するために乗組員はそれぞれ、自らの使命を考えることができます。理念をふまえビジョン達成のためになすべきこと、それがミッションということもできます。


◆戦略

「戦略」は、「目指すべき島」への航路、方法論ということができます。

目指すべき島を決めても、そこに到達する手段は多様な選択肢があるはずです。
天候や海流の状況によっても航路が変わるでしょうし。海賊に出くわすかもしれません。そういった外部環境を分析する必要があります。また船の性能、燃料や食料の状況、乗組員の体力やスキルなど内部分析もふまえないといけません。 
多様な選択肢の中から、最善と思われる判断をチョイスしないといけないということです。事業環境と内部リソースをふまえ、最適な判断をしていくこと、それが戦略です。

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理念やビジョンは全ての出発点です。それを考えたからといって、売上や利益にすぐ結びつくわけではありません。しかし、どっちの方角に行くかも決めず、当面のゴール地点も決めず、とにかく出航だ、というほど危険な話はないですよね。南極に行きたい人と北極に行きたい人は同じ船に乗ってはいけないし、ゴール到達に必要な人員や物資がわからないまま出航して餓死したくありません。ゴールを共有しないままで一緒に働いていると、いろんな判断でズレが生じてきます。作業の本当の意味がわかならければモチベーションは高まりません。

理念やビジョンを握った上で、次は会社を構成する個々人のミッション設定とコミットメントをとることが重要になります。理念やビジョンがあいまいだと、コミットメントもあいまいになります。個々人が自分の都合のいいコミットをして、成果を主張されても困りますものね。

「この嵐の中で、そんな一生懸命、甲板掃除されてもな」とか。
「僕は北じゃないと思ってるんですよね」と言われてもね。
「だったら降りろよ」ってことですものね。

2011年5月14日土曜日

【ヒアリングの威力の話】

先日、会社の営業研修のオブザーブをしてまいりました。
今求められる基本となる営業スキルはなんのか、応用するにも、まずは基本がわからないとね、ということです。

世の中、それこそ商品情報は下手をすればお客さんのほうが詳しいこともある時代。マスメディアの情報やブランド訴求もなかなか伝わりません。
個々人の価値感も多様化し、商品、サービスそのものの価値というより、その商品やサービスによって提供される機能、体験、思いのほうに重きがおかれる時代です。

そん中で「価値」をという形のないものを売らなければいけない営業は、どのようなスキルが必要なのか。どう行動すべきなのか?
もはや、とにかく足でかせぐということでもないでしょうし、プレゼンをうまくやれば説得できるということでもないですよね。

◆ヒアリングの力

そこで重要になってくるのが「ヒアリング」。相手の潜在、顕在のニーズをいかに引き出し、Win-Winとなる提案ができ、パートナーとしての信頼関係を勝ち取れるか、そこに「ヒアリング」のスキルが重要となってくるという話です。
昨今、指導もコーチングという方法がクローズアップされていますよね。画一的な仕事形態の中で、マニュアル通りに進めればいい段階を過ぎ、業務が専門化、個別化する中では、「答えは各個人の中にある」という想定に立ったほうがリーズナブルです。だからヒアリングによって、それを答えをあぶり出す、気づかせるということが有効だということです。

人間は、基本、聞きたいことしか聞かない、頭に入れない。経験上、これは間違えないと思っています。どんなに素晴らしいプレゼンを用意しても、どんなに説得力ある話でも、相手は聞きたい話しか耳に入れないものだと認識しています。一番相手に響くこと、入ることは、相手がそのとき潜在的に思っていること、考え方、アイデアとシンクロしたときだと思います。そうすると「いや、その通りですね!」ということになるんですね。

「ヒアリング」は、その相手が潜在的に思っている考え方を思考の表層にもってこさせる力があるということです。営業においても、プレゼンの前にヒアリングが重要というのは、ここにあります。

◆営業におけるヒアリング

プレゼンでは、相手が聞きたいことを言わないといけません。なので、まず相手の聞きたいことを探る、それがヒアリングです。

まず「営業マン」なんてのは、そもそもお客の立場からみれば面倒くさい存在です。突然、どっかの営業マンから電話がかかってきて、「実はおすすめの、いい話があるんです」と切り出されても、「今、忙しいので」で終わらせたくなりますよね。営業マンから電話っていった瞬間にまずは”警戒”です。一方的なセールスに対して、人は基本「NO」を前提に対応するといいます。
普通にアポをとって相手にプレゼンする場合でも同じですよね。「是非、御社のお役に立ちたいです。我々はこういう素晴らしい取り組みをしています。興味ありませんか」っていってプレゼン資料を渡されても、「ふーん」で終わる可能性が高いです。「是非、御社のお悩みやニーズを聞かせてください」って漠然と聞かれても。「そういわれても、特にねぇ」となります。

しかし、いい質問をしてくると、相手のその感じがかわってくる可能性があります。相手が何を聞いてくるかで、相手の知識レベル、提案レベルはだいたいわかりますものね。

◆まず情報収集と観察

なので、いいヒアリング、いい質問というのは、相手のことをよく知った上で、仮説にもとづいて、するものだということです。
もちろん、初対面で、相手のことをよく知ることはできません。だから会う前に、知る事ができる情報をできるだけ頭にいれる。ホームページや本、相手の会社の雰囲気、昨今ではTwitterやFacebookで本人の発言やプロフィールまである程度把握できてしまします。その上で、相手の考え方や興味について仮説を立てて、それを質問によって探りながら、相手の潜在的なニーズに辿りついていく。
相手も潜在的にニーズに近いところを探られているうちに、自分でもアイデアがひらめく、ニーズに気づく、ということになるかもしれません。

その後で、「それだったら、こういう提案ができますよ」と提案、プレゼンする。
相手が潜在的に聞きたいことを提案すれば、「なるほど、おもしろいね」となるはずです。信頼にもつながるかもしれません。


◆住宅展示場での営業の事例


ここでも営業マンがヒアリングでまず知るべきは家に対する「お客様の夢やビジョン、問題」ということです。

住宅展示場を訪れる多くの人が感じるのは、「どのメーカーもモデルハウスは素晴らしいし、営業の人が特徴や性能を詳しく説明してくれる。しかし、私が新しい家でどんな暮らしをしたいのか聞いてくれる人はめったにいない。」ということ。
だから営業マンはあえてお客様と「商品以外の話」をできるようにするべきだということです。商品に直接関係のない話は、たとえそれがお客様の趣味やライフスタイルの話であっても「世間話」や「雑談」ととらえて切り捨ててしまいがち。でも、その雑談の中にお客様の関心事、ニーズの芽がある。という話です。http://stc.cicombrains.com/jirei/08.html


こんな営業のことを「高関与営業」というらしいです。それは、顧客への貢献を実現する営業ということ。自社の商品やサービスをいかにし て購入してもらうかというセールスの立場から一歩進んで、顧客の立場になって物事を考え、深く理解 し、どうすれば顧客が抱えている問題を解決できるのかという視点に立って営業をするということらしいです。

2011年5月10日火曜日

【企業にとっての社会貢献】

震災のことがあって、日本においても「社会貢献のあり方」ということが、より現実的で緊急な問題となっています。しかし、社会貢献意識の高まり自体は、震災前からありました。それがより加速されたということではないかと思います。

企業にとってもビジョンやミッションを考える上で、社会に対してどういう貢献をするのか、という基本理念がなければ戦略に軸がうまれません。そういった観点からも、企業が社会貢献をどう考えるのかは重要な課題だと思います。

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世界に目を向けると、もっと大きな流れとして社会貢献が位置づけられています。アメリカでは、2010年大学生の就職人気ランキングで、NPOが一位になったそうです。(TFA)Teach for Americaというところです。GoogleやAppleを差し置いての一位。 http://www.teachforamerica.org/
Room to Readを設立したジョンウッドはマイクロソフトの重役を引退し、NPOに心血を注ぎ、スタバの店舗展開を超えるスピードで図書館や教育機関を途上国に展開しているそうです。http://www.roomtoread.jp/

世の中には多くの社会問題があります。今現在、進行中の日本で震災によって引き起こされたあらゆる問題ももちろん、世界中で治安、失業、貧困、環境、教育、いじめなど社会問題が発生してます。それぞれ解決が急を要することばかりです。
これをなんとかしたい、問題を解決していきたい、、そのために実際に行動し、ソーシャルイノベーションを起こす、「世界を変える」ということを実行し成果を出している人や団体があるということです。 (社会貢献によって)世界を変えるということは、もはや夢想家のスローガンではなく、現実的な確信となっているといいます。

2009年調査によると日本の高校生の86%が「この国には希望がない」と感じていると答えたそうです。  村上龍さんは小説の中で「この国には何でもある。本当にいろいろなものがある。だが、希望だけがない」と書いていました。 そして希望とは「将来が現在より良いものになるだろう、そういった確信に近い思いが希望だ」といっています。「これまで日本は希望より安心を優先されてきた」。でも震災を契機に、これから日本がどう変わっていけるかが問われていると思います。
社会貢献とは希望を生み出す仕事ということかもしれません。

利益の概念も変わりつつあるようです。 これまでは利益とはお金のことでした。でも最近は「社会的利益」という考え方がでてきて、何か事業を行ったことで、たとえ金銭的な利益がでなくても、それで世の中がよくなれば社会的利益が出たという考え方も出てきています。

じゃあ社会貢献すれば儲けなくてもいいのか? それも全く違います。著名な学者マイケルポーターは「社会貢献したほうが企業は儲かる」と断言しました。 社会貢献したほうが社員のモチベーションが上がることも結論づけられています。いまやマーケティング戦略さえも社会貢献と無関係ではいられない時代です。

更に企業による社会貢献は大きく考え方が進化しています。

・その昔、企業による社会貢献は「慈善の時代」でした。企業に求めら
れていたのはNPOへの寄付。カネを出すだけ。
・これが「本業を通じた、本業を活かした貢献の時代」に移ります。
商品を売る行為に寄付を組み込んだ仕組みとか電通のクリエイターが
パンフづくりを指導するとか、IT技術者がソーシャルメディアの活用法
を    コンサルするとか。
・そして今は「本業と社会貢献が統合する時代」に入りました。これから
の企業は本業の中に、いかに社会貢献を組み込んでいくかが問われると
    いいます。

日本を代表するグローバル企業「ユニクロ」がこれを実践しているそうです。

ユニクロはバングラデシュに合弁会社をつくり、 資材調達から販売まですべてを国内で行い、雇用を創出するだけではなくバングラデシュの貧困層でも購入できる1ドル程度の価格の洋服を生産すると宣言。http://www.uniqlo.com/jp/csr/socialbusiness/
柳井さんは「これまで主に先進国を対象にビジネスを広げてきたが、世界にはそれ以外の国に住む人々が約40億人いる。バングラデシュは将来性のある国。人々の生活をサポートし、世の中の役に立つソーシャルビジネスを開発することで、将来的に大きなビジネスになる。」
つまり、社会貢献をしながら、自分の成長戦略を実行しているわけです。

いまや社会貢献というのは実は、新しいビジネスを生み出す仕事であるべきなんですね。

量から質へ。個人の幸せから、絆の幸せへ。自分のためだけの消費ではなく、社会とつながるための消費へ。 自己犠牲ではなく、自己実現の姿勢。 希望を生み出し共有すること。

そんな時代の流れの中で、社会貢献というキーワードを改めて考えるべきタイミングにきていると思います。

参考:
社会貢献でメシを食う

2011年5月6日金曜日

【リアリティ、共感、ソーシャルグラフ】

前回までテレビを中心とするマスメディアからソーシャルメディア普及までの流れとそれに伴う変化についてをお話しました。今回は広告やマーケティングのあり方の変化についてです。

テレビ全盛の1990年代までは、マスマーケティングが有効に機能していました。マスメディアが発信する“これをもっていればセンスのいい人”、“こんな店に行くのはこんな感性をもった人”、“ここに住むのはおしゃれなこと”、、などの情報が説得力をもって伝わり、消費行動に結びついたわけです。(佐々木俊尚さん“キュレーションの時代”の中でこれを「記号消費」と紹介しています)

しかし2000年代に入ると、人々は画一的な情報に疑問を持ち始めます。インターネットの普及とともに、情報へのアクセスが容易になり、クチコミ評価サイト、レコメンド情報などで自分で納得できる判断ができるようになります。そうすると企業側も「とにかくこれです」という説得から「これがいいんじゃないでしょうか」、、という提案型に広告マーケティングの手法を徐々に変えていくことになります。消費者側に主導権が移り始めたわけですよね。

そして2010年代、ソーシャルメディアが力を増す中での消費は「共感」がキーワードになるといわれます。佐藤可士和さんは「クリエイティブシンキング」という本の中で、そんな共感を呼ぶもの、それは「リアリティ」だと言っています。「リサーチ」より「リアリティ」の重要性。「より本質的で現実の生活にフィットした感覚で、消費者の心を自然に捉えることが求められていると感じています。」、「企業から広告によってもたらされる情報にユーザーはリアリティを感じなくなってきました。それより信頼できる知り合いの評価、信頼できるコミュニティにおける口コミにリアリティを感じるようになってきていると感じます。」ということです。

これによってマーケティングの指標も変化していくと思われます。マスメディアの時代は、視聴率や発行部数などリーチが伝わることが主要指標でした。ネット検索時代に入ると情報が広く伝わったことが確認できるPV数やインプレッション数などが重視され、その対策の仕組みとしてSEO ( Search Engine Optimization 検索エンジン最適化)対策やリスティング対策などが重宝されるようになります。

しかし今後は、より強い共感、信頼を得ることが重視されてきます。そのためにソーシャルネットワーク上で情報をいかにして話題にさせるかが大事になる「ソーシャルグラフを意識したSGO( Social Graph Optimization ソーシャルグラフ最適化)が重要視されるようになるといわれています。

「ソーシャルグラフ」というのは狭義には人とひとのつながりの関係性のこと、広義には人と物への興味や関心度などを含む関係性を表すデータ。人と人、人と商品のクチコミをマッチングさせる人間関係図、信頼関係図です。(これを今、世界で一番保有している会社がフェースブックです)

広告の時代はマスが「広く告げる力」こそがマーケティングでした。しかし次世代の広告的な存在はソーシャルグラフを利用した「つながって共有する力」をつかったものになる可能性が高いといわれます。

mixiは2010年9月に「ソーシャルグラフ・プロバイダー」宣言をし、経営の中心に「ソーシャルグラフ」を据え、「ソーシャルコマース」を強化していきたいと言っているそうです。

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ちなみにマーケティングの法則もソーシャルメディア時代に変わっていくかも。

◆これまでのマーケティングの戦略
AIDAMA
 Attention注意>Interest関心>Desire欲求>Memory記憶>Action行動
AISAS
 Attention注意>Interest関心>Search検索>Action行動>Share共有

◆ソーシャルメディア時代のマーケティング戦略
SIPS
 Sympathize共感>Identify確認>Participate参加>Share & Spread共有・拡散
EAS
 Empathy共感>Action行動> Share共有

参考:
http://www.dentsu.co.jp/sips/index.html
ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本
佐藤可士和のクリエイティブシンキング
キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)


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2011年4月30日土曜日

【エキスペリエンス・デザイン】

「ユーザーエキスペリエンス(顧客経験価値)」みたいな言葉が2000年頃から出てきていました。商品やサービスが成熟していくなかで、機能や性能で差別化することができなくなってきました。パソコンもテレビもケータイも車も、どのメーカーのものでもそんなに本質的な差はなかったりします。銀行も電話会社などサービスもそうです。そんな中でユーザーに提供する機能ではなく、ユーザーに提供するベネフットに重きがおかれるようになってきたということだと思います。

あるアメリカの地方銀行が、大手銀行とは商品力や価格では勝てないと認識し、雰囲気の良い店舗、行員の接客など、銀行を利用する過程での顧客満足度を高める戦略をとり5年で預かり資産を約3倍に増加させたという事例があるそうです。サービスにまつわるユーザーエキスペリエンスを高めたということですよね。

1980年代のソニーは新しい製品を生んだのでなく、次々と新しいユーザーエキスペリエンスを生んだと言えると思います。Walkmanは「家の中で聴く音楽を自由に外に持ち出す文化」を創り出しました。ビデオデッキは「連続ドラマを見るために放送時間までに家に帰らなければならない」という常識を変え、8ミリビデオは「自分の子供の成長を簡単に記録するのは写真以外にはない」という当時の妥協を打ち破りました。

今、Appleが熱狂的に支持されるのは、優れたユーザーインターフェイスを持つデバイスやアプリケーションとクラウド上のサービスを一体的に統合し、ユーザーにこれまでなかったようなわくわくする経験を提供しているからですよね。

昨今のソーシャルメディアの普及、クラウド化、デバイスやサイネージなどのユーザーインターフェイスの進化によって、冒頭の「エキスペリエンス」がまたキーワードになってきていると感じます。

前回もふれたとおり、今後、商品やサービスはユーザーに新しい体験、より快適で充実した体験を提供できるか、そのお手伝いができるか否か。それが競争力の本質になると思います。音楽ビジネスもメディアビジネスもエンターテイメントビジネスも同じです。本質的に考えないといけないのは、届けるコンテンツの種類や伝送路、デバイスの機能の話ではないと思います。

ユーザーはテレビやパソコン、ガラケーなど従来型のデバイスのみならず、iPhone、Androidなど多機能デバイスとその搭載アプリ、リアルな場でのデジタルサイネージのデバイス等、多様化、オープン化したインターフェイスからいつでも簡単にメディア空間へアクセスできるようになりました。そこに制約があった時代は、例えば企業は自社のWEBサイトを用意して、そこに至る導線を敷いて、いかに多くのユーザーを誘導できるかを競争すればOKでした。クリック数が成果だったりしたわけです。

しかし、もはやそういう時代ではなくなりつつあります。企業は公式ホームページを一つ作って終わりではなく、ユーザーが保有する多様なインターフェイスに自分から出て行って近づいていく必要がでてきました。そしてソーシャルにつながったコミュニティにお邪魔しなければいけません。そこでは信頼なくしては誰からも相手にされなくなります。

音楽やエンターテイメントでもユーザーに満足してもらうためには、どんな優れたコンテンツを提供するかということだけでなく、どんな優れたエキスペリエンスを提供できるのか、そのために何をすればいいのか、そんな「エキスペリエンス・デザイン」を考える必要がでてきているのではないかと思います。

出所:NRI 知的資産創造 2011.1 
















参考)
http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2011/pdf/cs20110103.pdf
http://www.atmarkit.co.jp//fitbiz/serial/xp/01/01.html
ITロードマップ2011年版

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前回はバーチャルワールド、マトリックスへのジャックインなエキスペリエンスの話をしましたが、同じくシュワちゃんの映画で「トータルリコール」っていうのがあります。そこに登場するリコール社っていうのは、記憶を売る会社、エキスペリエンスを売る会社っていう設定です。実際に火星に行くかわりに、記憶を機械的に操作し、火星旅行のバーチャル体験ができる。違う自分になる様々なオプションもお金で選択できる、諜報員になって危険な任務をこなし、魅力的な女性と恋に落ちるってことも。これこそ究極のエンターテイメントメディア会社の姿かもと思ったりします。

2011年4月28日木曜日

【未来に向けてメディア体験の形は?】

前回からの続きです。ソーシャルメディアが普及進展し、コミュニティが多様化し、拡大し、リアルな場とも連関しながら、コミュニケーションのあり方自体が大きく変化し始めています。

もちろん生身な人間が関わることなので、プリミティブなコミュニケーションの本質は変わらないかもしれません。しかしテレビ50年の歴史とは比べものにならないの速さで、本質的な変化が進行しつつあることは間違いありません。あと数年で、どんなことになるんだろうと考えてしまいます。

◆これまでメディア体験というのは、なんらかのデバイスから伝送路を通じてコンテンツにアクセスする、コミュニケーションする、ということによるものだったと思います。コンテンツはリッチになり、ユーザー側の選択肢も増えましたが、基本的なメディア機能の変化は少なかったのではないかと思います。

◆しかし、今、見え始めているメディア像は、個々のコンテンツへのアクセスやコミュニケーションがもっと統合された世界であるように思えます。 デバイスとか伝送路の重要性は相対的に低下し、活発な情報がやりとりされるリアル、バーチャルなコミュニティ空間、情報空間の重要度が増していくのではないかと思います。

個々ユーザーであり送り手でもある個人は、そういう「ワールド」に、いつ、どこから、どういう目的でアクセスを開始するのか、そしてアクセスできる世界観は何か、そこでユーザー間で交換される情報や思いの質と量はどうなっていくのか、ということが主要議題になってくるのではないかと考えるわけなんです。

なんだか、わかりにくい話ですよね。

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誤解を恐れず、簡単に究極の姿をいってしまえば、いよいよ映画「マトリックス」のコンセプトの世界に徐々に近づいていくのではないかと想像します。
普段は、地下都市で現実世界を生きているんだけど、ジャックインしてバーチャルワールド「マトリックス」に没入する。そこでは現実世界と同様なコミュニケーションや体験がある。
CPUパワーの進化を考えるとあながち夢の世界ではありません。2018年にはCPUのトランジスタ数が、人間のニューロンの超えるという計算があります。たった7年後ぐらいです。

もちろん、ここまですぐに至るとは思いませんが、メディアにアクセスの仕方に「チェックイン」という概念はもう出始めていますよね。 詳しくは佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」を読むといいです。
キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

これからメディアはコンセプトをベースにコンテンツが統合集約され、一つの世界観を提示するものになっていくのではないか。

その中で、メディアの役割としてシステムの中の「エージェント」な役割をどう果たせるかということになるのではないか。ユーザー主導の中で、いかにメディア企業が、ユーザーのメディア体験をより快適で充実したものするお手伝いができるか否か。それが競争力の本質になるのではないかと思うわけなんです。


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2011年4月26日火曜日

【メディア変化の本質は何か】

前々回、前回とテレビを中心とするこれまでのメディアの流れみたいなことを考えてみました。要するに今、起こっているメディア変化の本質は何なんだろう?と考えてしまいます。

テレビの時代
 (コンテンツ充実と画質向上、一対多のコミュニケーション)

テレビが開始された1950年代から2000年代前半まで、テレビは順調に全世帯に普及浸透し、チャンネルがふえました。経済成長の中で、大量に投下された広告費によってコンテンツの拡充が進み、テレビは文化発信の中心として大きな影響力を発揮しました。
人々はマスメディアに対峙し、その豊かなメディア体験に没入しました。

テレビ受信機も技術の進化によって画音の向上、白黒からカラー、更にハイビジョン、サラウンド、から3D、スーパーハイビジョン、プラズマ、液晶、有機ELなどテクノロジーとしては進化しました。
しかし本質としては、基本的にプロの送り手がつくったもの、集めた情報をマスに一方向に届けるという枠組みが変わったわけではありません。

ここまでは、送り出すコンテンツの良し悪し、送り手側はリーチの競争、画音の品質の議論をしていたわけなのかと思います。

◆ネット時代の幕開け
(伝送路の多様化、双方向化)

1990年代に入ると、インターネットという新しい通信手段が生まれ、PCやケータイをデバイスとして、だんだんと個人レベルでリッチな情報にアクセスできるようになってきました。通信によってメールやホームページ、ECなどで双方向のやりとりが個人でハードル低くできるようになりました。

送り手としてもマス以外の伝送路も選択肢として選べるようになってきました。人々はマスメディアに対峙しつつも、同時に別のメディアにも「ながら」でアクセスできるようになりました。

マスメディアは一斉同報をベースとしたきっかけメディアとして、深い情報はネットで、、みたいな区分も語られました。要するに「これからはマスとは別の選択肢もあるかもね」ぐらいな話です。

伝送路の多様化の議論、送り手側は新しいコンテンツの形と、それに対するユーザーリアクションの多寡について議論し、競争していたのかと思います。

◆ソーシャルメディアの立ち上がり

2000年代後半に入るとネットのブロードバンド環境の普及進展とデバイスの進化をベースとして、ソーシャルメディアというものが立ち上がってきましした。ブログ、ツイッター、SNS、ソーシャルゲーム、、。 あっという間に高品質な映像、音声、テキスト、位置情報、あらゆる情報コンテンツが個人レベルで集約、再構築して発信できる“コスト0”で構築できるインフラが整ってしまいました。

ここで、送り手の概念が始めて大きく変わり始めたのではないかと思います。これまでのマスは解体され始めます。個々のユーザーが発信し始め、送り手としての役割も果たすようになります。


これにともないメディアとしての伝送路やコンテンツ中心の話からユーザー間のコミュニケーションの質の内容の話が中心になってきます。メディアやコンテンツプロバイダーは、そういうユーザーコミュニティに対して、どういう場や価値が提供できるのか、とういうことを考えるようになります。

Facebookの「いいね」ボタンやソーシャルブックマークの機能によって、ネット上のあらゆるマルチメディア情報が相互に連関します。コミュニティが形成され、その中で新しい信頼関係が構築されはじめます。マスメディアによるレコメンドが信頼のベースだった時代から、レコメンドエンジンによる情報アクセスが進展、さらにソーシャルレコメンドによる、個々人にとって、より信頼度、納得度が高い情報アクセスのルートが生まれつつあります。

信頼に足るプロの送り手がソーシャルメディアを活用し、個人の責任のもとで情報や見解を発信するようになってきました。アーティストも自らパフーマンスやコンテンツ発信するようになってきました。

UstreamとTwitterなどソーシャルストリームを連携させることによって、本当の意味でのリアルタイムな双方向にコミュニケーションできる場が実現されてきました。そこには、一方向だけだったメディアとは違う没入体験が生まれ始めます。

Foursquarのような位置情報を使ったサービスも普及。AR技術などを連携させながらリアルな場、リアルなイベントとバーチャルに連関させる情報ルートもインフラが整ってくるように思います。

◆これからのメディア体験は?

じゃあ、こんな変化から、これからメディアはどのような捉え方をされるようになるんだろう? (続く)

2011年4月22日金曜日

【ソーシャルメディアの普及】

前回からの続きです。
2000年代も後半、2006年頃から、今のメディア変化につながるタネみたいなものが続々と誕生してきます。家庭のインターネット環境も大容量、常時接続、定額のブロードバンドが普及し、携帯電話もFOMAなど3Gが主流になっていきました。ガラケーの高性能化もめざましいものがありました。

◆動画共有サイト:
YouTubeというものがアメリカで流行ってるんです、みたいな話も聞こえてきました。動画共有サイト?なんか違法な感じのサービスのニュアンスがありました。 静止画ではなく、動画レベルが個人がネット上で発信できる環境がでてきたのかと。 日本のニコニコ動画も2006年末にサービスを開始します。1年もたたない間に月間PV数が1億を越えたみたいな話もであました。動画をみながらつっこみコメントするみたいな後の動画+ソーシャルストリーム連動の原型みたいな形がでてきたということでしょうか。

◆ブログ:
2002年ごろから広まってきたブログなるものが急速に普及し始めます。タレント、著名人のブログも増加、眞鍋かをり、しょこたんなど、ブログの女王などといわれる人もでてきて月間で何千万PVというアクセス数のものも出てきました。2007~2008年ごろの話です。マスメディアを介さず芸能人の声に直接アクセスできる、あわよくばリアクションが得られる、そんなことになってきました。 

◆SNS:
そんな中、mixiという招待されないと入れないクローズのソーシャルメディアが流行り始めている、みたいな話も聞こえてきます。インターネットの隕石が落ちたという話をソニーの出井さんがして始めたころから、「コミュニティ」というワードがキーになっていくというような話は認識していましたが、それが「こういうことか」と可視化してきたように思いました。マニアックな趣味嗜好でもmixiで探せば簡単に一定人数の同じ嗜好の人が見つかります。こんなことは、これまで中々ありませんでした。 こういうことはニフィティサーブの時代からあったのかもしれませんが、これほど広く普及したことはなかったわけですからね。

◆ケータイゲーム:
ケータイでゲームが流行っているという話も聞こえてきます。ケータイ専用ゲームサイト「モバゲータウン」が開始したのも2006年です。 GREEも2006年ごろから普及し始め2007年には100万人突破しました。(2009年には1000万突破というスピード)

◆ツイッター:
2009年末ごろからはツイッターっていうのが一部で流行ってるという話が聞こえてきます。何それ?って感じだったのが、徐々にその本質が認知し始めます。ホリエモンがツイッターを開始したのが2009年6月、7月には勝間和代、広瀬香美、孫さんがツイッターを開始したのが2009年12月。そんな昔の話じゃありません。ツイッターのフォローする/しないの特性で、自浄作用があり、荒れることが少ないSNSが誕生したと思いました。
そして個人の発信力が相当レベルで高まったことを感じました。テレビほかあらゆるメディアも、企業もTwitterを活用したコミュニケーションを開始します。ユーザーとのダイレクトコミュニケーションが白日のもとで行われる時代。企業が体裁を整えた発信だけでは信頼されなくなってきたように感じます。 このトレンドは、ここたった一年ちょっと、こんな短い期間の中で急速に実感されてきたことではないでしょうか。

◆スマートフォン:
端末にも大きな変化がててきます。初代iPhoneが2007年に発表されます。 2008年ごろ当初は多くの人はスマートフォンに対して懐疑的でした。都市の一部の人たちのニッチなものだ、という感覚でした。「今の電話で困っていない、これ以上高機能はいらない」ということもあったと思います。しかし、その予想と違い、スマホはガラケーを駆逐し始めています。

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ここらへんまでが2000年代末(2006年から2009年末頃)のことです。

そして2010年代を迎えます。
iPadが発売され話題になったのも2010年。 Xperiaなどアンドロンイドが認知され始めたのも2010年に入ってから。電子書籍みたいな話題もでてきます。タブレット型デバイスを前提としたメディアモデルも模索が始まります。twitterのようなソーシャルストリームとUstreamのようなライブ配信インフラもここ一年ぐらいで認知が進みました。実名をベースにしたSNS、Facebookが日本でも普及をし始めています。たった1年ちょっとの間の変化のことなんですね。

そしてこれから何が、どう進むのでしょうか? (さらに続く)


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2011年4月18日月曜日

【街角テレビからYouTubeまで】

●1950年代
日本でテレビ放送が開始されたのは1953年。もちろん白黒の小さい画面。20インチ~足らずの街頭テレビに群集が食い入っている写真があります。1954年の「力道山vsシャープ兄弟」では新橋駅前に2万人が集まったそうです。家庭に普及し始めて皆、テレビに没入し、わくわく度マックスに振り切れるぐらいのメディア体験をしていたのではないかと思います。 
← 新橋駅で街頭テレビに群がる人たち。 
●1960年代から1970年代
1960年代に入ると、カラー放送が始まりました。僕も子供のころにウルトラマン、巨人の星、オバQ、サリーちゃん、ゲバゲバ90分、、次から次への怒涛のような楽しいテレビ体験に没入しました。
1970年代にはいるとドリフ、スタ誕、マジンガーZ、キャンディキャンディ、と学校の話題はテレビを中心にまわっていました。ちょうど、ちびまる子ちゃんの舞台になっている時代(1975年頃)です。

●1980年代から1990年代前半1980年代になると家庭にはビデオが普及し始めます。テレビにあわせていた生活が変化、チャンネル争いも軽減します。ファミコンなるものも登場し、テレビは単に放送を受けるだけのものではないという認識変化が起こりました。 でも1990年代、フジテレビの月9全盛時代は、街からOLが消えるといわれる現象もあったほど、まだまだテレビには絶大な影響力がありました。テレビからヒット曲やタレントがどんどんブレイクしました。 そんな中で、1990年代初頭ぐらいから徐々にインターネットなるものが話題になってきました。

●1990年代後半1990年代の後半Windows95の登場ぐらいから個人で(低速で高額な)ネットの利用が始まってきました。単にネットを閲覧しているだけなのに「ネットサーフィン」というのが、なにやらおしゃれな響きさえあった時代です。1990年代の後半は携帯電話の個人普及も立ち上がり始めます。
ただ、この当時は、まだネットやケータイがテレビのビジネスモデルに大きな影響を及ぼすとまでは想像していませんでした。ましてメディアの位置づけでもありませんでした。何か便利なツールになっていくのかな、という感覚でした。 (i-modeの登場は1999年です)
そんな中、1998年にスカパーが放送開始。 なんとテレビから何百ものデジタル高画質の多チャンネル放送がみれる! しかも宇宙衛星から降ってくるなんて!という先進的なニューメディア登場でした。
そんな1998年はアメリカの大学生がGoogleを創業した年でもあります。ネット上ではYahoo!、MSN、Exiteなどポータルサイトが乱立します。2000年にはドットコムバブルがピークを迎えます。

●2000年代前半
2000年代に入り、PCネットやi-modeが更に普及しはじめると、放送業界では「ネットはテレビの敵なのか」みたいな議論も起きてきました。 「どうも最近、ネットとテレビを一緒にみている人も多いらしい。その現象を“ダブルウィンドウ”、“ダブルスクリーン”と名づけよう」なんて話もありました。
テレビの薄型大画面化も始まります。でも最初のころは50万円以上の高額商品。それでもデジタルハイビジョンは新しいテレビ体験を感じさせました。
一方、総務省は新しい放送の枠組みとして、次は高機能放送だ、という方針を打ち出しました。デジタル放送の特性を利用し、データ放送や双方向で新しい楽しみや利便性を追求しようという戦略です。110度CSは、高機能放送メディアとして免許審査が行われました。しかし、この目論見は完全に外れました。通信回線が高速大容量化すると、テレビのVODにも期待が集まりましたが、これも大きく成功しませんでした。 

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テレビはカラーになって、高画質化して、大型化して、双方向機能を備えました。でも90年代まであった、テレビ没入体験、わくわくMAXな体験はだんだんと減ってきたように思います。

テレビやネットなどメディアの種類ではなく、わくわくするようなメディア体験ができるところに、人は集まり、そこからビジネスの成長が始まります。技術的に可能なことがユーザーの求めることではないんですね。

そんな中、2004年にMixiやGREEが事業を開始します。アメリカでは2004年にFacebook、2005年にYouTubeが始まります。それが2000年代の後半に差し掛かる頃のことでした。 (続く)
 
 

2011年4月8日金曜日

【糸井重里さんの話】

そんな「信じる」なんですが、今ほど、いろんなメディアから「信じる」とか「believe」の文字が溢れていることはなかったんじゃないかと感じます。 通勤電車の広告ではBLENDAの「I Believe ~信じてる、自分を、未来を、日本を。~」ってコピーの表紙が新鮮でした。

一方、今週出ているBRUTUSは、糸井さんの特集号なんですが、そこでも糸井さんの「言葉」の話や「信じる」話がたくさん出てきました。(但し、糸井さんへの取材は震災前のものです)。ちょっと紹介します。
BRUTUS (ブルータス) 2011年 4/15号 [雑誌]

●お金より信用
奇跡みたいな出来事を起こすのはなんなのか、ということを僕らは考えていかなくちゃいけないんです。そこで“お金より信用”という話になる。(略) 僕の言いたい信用は、(略) 「この人たちと一緒になにかを作ったら楽しかった」、「明るさを取り戻せた」、「希望を感じた」とか、そういった種類のものだと思っています。 (略) 信用をちょっとずつでも増やしていけば、お金はいつか誰かがもってきてくれるかもしれない、いつか稼げるようになるかもしれない。 僕は信用さえあれば、そっちはなんとかなると思ってるんです。

●信じきれば失敗なんてないじゃん。
信じるって、リスクもあるし、理にかなってないかもしれないし、損することもあるかもしれない。だけど、その損なんて大したことないでしょう。(略)信じきちゃってバカをみても大したことじゃないんだと。「失敗してやろう」とまで信じられたら。失敗なんてないじゃん。

●信じあう。そこから価値が生まれる。
0から1を作ることが一番価値があるし難しい事なのに、他人が言った「種」をどうこうしようとするばかりになっている。大事なのはまず「1」を生むことなんじゃないか。(略)人間同士が集まると、何だかわからない、名づけようのない価値が生まれるんです。(でも人間同士が知り合おう、信頼しあおうことに対して自分で)自分を邪魔しているものが、ものすごく多いんですよ。 それを解くための方法っていうのは、まずゆっくりと信じあうことなんだと思うんです。

●理想的な組織の矛盾
「理想的な組織に近づけば近づくほど、どうしたって穏やかな宗教みたいになっていくわけですよ。みんなが、同じように組織にとって正しいこと、なおかつ社会やお客さんが喜ぶことを考えている状態で、誰に聞いてもちゃんと全体がわかっていることを言うって状態。」(略) (でも一方で、企業が社員みんなに) 「“こう思ってほしい”と思うことがあるんだけど、それをやった時には、矛盾して、みんなが閉じた世界で完成度が高くなるほうにいく。世の中と違うところで快適になってしまうと、外に出て行ったときに、もう開くことができなくなると思うんです。これは答えがないから頭が痛いよね。」

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僕は、こんな文章を読んでいて会社における理念、ビジョンってのも、ある種、穏やかな宗教みたいなものなのかとも思いました。 リスク覚悟で、多少理にかなってなくても信じきる。もちろん、盲目的、集団的に信じる、頼るというものであってはいけないと思います。個々人が考えることが大事なんです。
そんな人と人が集まり、信頼しあうことによって、生まれる価値がある。その価値が希望や、明るさ、楽しさになっていく。 その価値を生み出す過程の共有が信用につながる。最終的に、そういう信用の蓄積がお金になりビジネスになっていく。 

その後、糸井さんは「ほぼ日」で“「信」って、「人の言」って書くんだねー。びっくりした。”って書いてました。http://www.1101.com/20110311/20110404.html
確かに「信」という字は「人」+「言」と書きますよね。辞典によれば、言は、言明(はっきりいう)の意。信は「人+言」で、一度言明したことを押し通す人間の行為をあらわす。途中で屈することなく、まっすぐのび進むの意を含む。「信」とは“人が言明したことや約束したことをどこまでも守り通すこと”が会意なんですね。
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P.S
教えてもらったサントリーのCMがみれるサイト。音楽で涙がでます。
http://www.suntory.co.jp/enjoy/movie/d_s/880953901001.html


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2011年4月5日火曜日

【「believe in」】

前回まで、「信じる」話や、それに伴う「責任」、「コミットメント」、「思い」の話をしてきましたが、今回は英語の字面や解釈から。

●「believe in」

日本語の「信じる」という言葉は英語だとbelieveとかtrustとかいろんな単語や熟語がありますが、重くて深いのはやっぱる「believe in」ではないかと思います。

辞典によれば …の存在を信じる、信仰する、みたいな定義がのっています。 なので「believe in」 に続く言葉は、GodやMiracle、Reincarnation、Ghost、Buddhism、Democracy、Loveやら、神や宗教や愛やら主義主張、崇高な概念な多くなります。

一方、「believe in」から「in」をとった、そもそもの「believe」という他動詞は、もう少し軽い感じのようです(文法的な解説はしませんし、できません)。 ある参考本によればbelieveの基本概念は「to feel sure」であるとありました。ロジックではなく感性で確かだと感じること、どうも、それがbelieveなんですね。

辞書によればbelieveの意味は、“〈話などを〉信じること/信じていること、(但しその内容は真実とは限らない)”とあります。

例文) I believe a story 話をほんとうだと思う。  
例文)I believe you. ごもっともです,そうですとも。
君の言うことは信じるよ。

、、、believeと言いながら、信じきっていない感じさえ伝わってきますよね。

でも「believe in」になると、そうはいきません。believeにinをつけると“faith”が加わるらしいです。faithというのは信念、信条、信頼、信仰、確信、、、です。 

真実として、疑いなく信じきっているということになるんですね。


2011年4月1日金曜日

【ベーコンor エッグの話】

さて今週、本屋でふらっと買ったのが「マネージャーの実像 ~管理職はなぜ仕事に追われているのか~」。
読んでみて、“そう、そうなのよ ”と納得のエピソードや説明があったので、いくつか紹介します。(ちなみに、ここで使うマネージャーとは、社長から課長まで管理職全般のことを言っています)

●マネージャーとは指揮者なのか?
①ドラッカーはマネージャーとは「オーケストラの指揮者に似ている」というたとえを使いました。一つ一つの楽器の音だけでは意味のなさないものも、指揮者の努力とビジョンとリーダーシップを通して、一つのまとまった音楽になる。(かっこいいです)

②一方、カールソンという研究者は、「むしろマリオネットだ」といいました。大勢の人が操り糸を好き勝手の引っ張り、てんでんばらばらにマリオネットを動かそうとする。(かわいそうです)


でも実際、多くのマネージャーが一番共感するのはセイルズという研究者が言う以下のイメージとのことです。

③「マネージャーは確かに指揮者に似ている。団員の演奏や行動を調整し、調和のとれた音楽を生み出そうと努めなければならない。しかし個々の団員のレベルも違うし、性格もバラバラ。皆、勝手なことを言うし、ときに仲たがいを始めたりする。舞台係からは、どこに楽譜台を置けばいいのかみたいな細かいことを尋ねられ、ホールが暑いの、寒いので空調にも気を配らなければいけない。スポンサーは、どたんばになって曲目を変えてくれと理不尽な要求をしてくる」

ここで言う指揮者というのは本番の勇壮な姿ではなく、あらゆる不都合が立て続けに立ち上がり、そのたびに迅速な修正をしなければならないリハーサルの姿だということです。

僕は、これにすごく納得しました。これまでの社会人生活の中で、接してきた多くの管理職は、みんなこんな感じで仕事をしていたように思います。

●マネージャーと権限について。
マネージャーでない人が新人マネージャーになると、頭に最初によぎるのは。「よし、これで決定を下して命令を出せるぞ」ということです。しかし、すぐに権限が与えてくれる力はごく限られたことだと気づきます。
おかしいぞ、これは権限が小さいからだ、下が言うことを聞かないのがおかしいんだ、と悩みます。しかし、あるときに気づく訳です。「そうかマネージャーになるとは“ものごとを成し遂げるために、、、それまで以上にほかの人に依存することだったんだ”」と思い知る、、という話です。
これにもすごく納得しました。権限があれば成果が出せるなんてもんではないんです。首相や東電の社長をみればすぐわかりますでしょ。

●ベーコンエッグへの貢献の話。

じゃあ、マネージャーって、どういうものなんだろう。ひどい例えがありました。朝食のベーコンエッグをつくるために、ニワトリは卵を提供することで参加し、貢献していますよね。しかしブタは、文字通り、わが身を提供しています。コミットメント、献身とはこのことだ、ということです。

そして、マネージャーとはマネジメント、組織、ミッションに、社会に、ベーコンエッグのブタのように、どっぷり浸からないと機能できない、ということです。ほんとヒドイ仕事なんですね。



●松下幸之助さんの例え

最後はパナソニックの創始者、松下幸之助さんの話。
「大きなことと、小さなことに対処するのが私の仕事。中程度の問題は部下に任せればいい。」 
リーダーたるもの、大小にかかわらずマネジメントに関わることを他人任せにしてはいけない、ということでしょうか。 マネージャーは大きな仕事をやるために存在するのでなく、部下に任せられるようなルーチン業務以外の、面倒なことばかりを引き受ける損な役回りなんですね。


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2011年3月30日水曜日

【「こころの温度を上げていこう」】

さて前回まで「信じる」関連の話をしてきました。「信じる」ことはコミットメントが伴います。だからパワーも必要だと思います。何かを信じて、情熱をもって取り組んでいかないと、世のため、人のための社会貢献まで至りませんものね。

会社というのは往々にして制約条件や理不尽なことでいっぱいです。続々と想定外の障害や困難が立ちはだかり、めげそうになります。それでも議論を尽くし、知恵を出し、汗をかき、最適解を探り、障害をなんとか乗り越え、不利な体勢からでもゴールを決める。それがお仕事なんだと思います。情熱や夢やミッション意識がなければやってられませんよね。

そんな情熱に関連して、ちょっと前にダイキンの「就活中のみなさんへ」という大きなポスターが張ってあったのを思い出しました。ポスターに書いてあった言葉が「こころの温度を、上げていこう。」 いい言葉だな、と思ってみていました。








←ぴちょんくん も燃えている。


日経ビジネスによるとダイキンは今年、ついに空調事業で世界一になると書いてありました。ホームページによれば、、

「人が何かに挑戦するときにこそ、こころの温度は上がっていくものです。近頃なんだか、みんなのこころの温度が下がっている。そう思えてなりません。でも、世の中が冷えこんでいる今こそ、大きな夢や目標を持ってほしい。ダイキンの夢は、人にも快適で、地球環境にも負荷の少ない空調を世界中に届けること。私たちダイキンは、その夢に向かってこころの温度を上げています。」

そして、そんなダイキンは「いちばん強い思いと能力をもった人に、プロジェクトのリーダーを任せる」とありました。「リーダーの条件は、年齢でも役職でもない。仕事に対するこころの温度が大切だ」と。 
http://bunnabi.jp/2011/cn_recruit.php?ccd2=66891

そしてダイキンは宣言しています。 「空気について一番考えている会社です。人々の安全と健康のために、空気について考え抜いています。」
http://www.daikin.co.jp/recruit/gradu/strategy/index.html

人の熱い思いを何よりも大切にして、自らのコアを考え抜き、世界一を目指し、本当に達成してしまう会社、、、なんかかっこいいですね。

体温が下がると免疫力は下がり、逆に平均体温が1℃上がると免疫力は約60%活性化するそうです。きっと心も一緒なんじゃないかと思ったりもします。

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