2011年8月9日火曜日

【アーム社の話】

今週号の日経ビジネス(2011.8.8号)で、”アームホールディングス(ARM Holdings)”というイギリスの会社が紹介されてました。知る人ぞ知る有名な会社なのかも知れません。なんたって記事によればインテルに匹敵し、超えるかもしれない会社ということです。PCの世界で圧倒的だったインテルに対して、アーム社は使いやすく消費電力の少ない特徴をもつMPUによってApple社やNokiaなど携帯電話会社、日本の家電メーカー等にこぞって採用され一気にその存在感を増しているようです。その結果、2010年のインテル社のMPUの出荷台数は3.2億個に対してアーム社のMPUは61億個

しかし両者のビジネスモデルは根本的に異なっています。売上高からしてインテル社の売上が3.4兆円に対してアーム社の売上はたったの?520億円。記事によればアーム社はMPUの設計をして、そのライセンスとロイヤリティのみの収入で成立している知的所有権の会社なんですね。当然、自社工場を持たず生産委託会社さえもありません。ファブレス企業でさえないということです。

アーム社の売上は520億円ですが、アーム社設計のMPU 61億個による経済規模は相当レベルであろうと想定します。要するにアーム社は単独で成立しているのではなくアーム社設計のMPUを活用したチップを生産する多くの企業、そのチップを使うデバイスメーカー、Appleやマイクロソフトなど巨大なIT企業を巻き込んで、壮大なエコシステムを生み出すコア企業の一つになっているということだと思います。

一時期のWindowsとIntelは自社のコアテクノロジーとネットワーク外部性によって市場を独占、寡占しながら、PC産業で中心的役割を果たしてきました。他社の参入を阻みながら大きな利益を獲得してきた訳です。しかし、アーム社が違うのはテクノロジーを囲い込むのではなく、ライセンスによってオープンにしながら、多業種が連携、協同する仕組みの中で経済圏を拡大、産業全体で付加価値をつくっていく方法論をとっているということだと思います。

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これまで「ビジネスモデル」が語られるときは、企業毎に戦略を研究検討されることがほとんどでした。「トヨタの研究」、「ソニーの研究」、「アップルの研究」、、という具合です。ビジネスモデルが垂直統合型か水平分業型かという議論もありました。テレビでいえば液晶パネルの開発製造からに組み立て工程まで全部やるべきか、外部からパネルを調達したほうがいいのかとか。

しかしこれからは、こういった企業毎のビジネスモデルや戦略オプションを越え、産業さえも横断した考え方をする必要があるのではと思います。世界の環境問題、貧困格差問題、エネルギー問題、食料問題など社会問題が山積する中で、企業が一社の最適化だけ考えている場合じゃなくなっている。そういう認識の仕方が広がっていると思います。
例えばエネルギー問題を考えるとき、もはや電力会社の問題だけではなくなっていますよね。太陽光パネルから蓄電池、電気自動車、情報制御技術、公共交通機関やカーシェアリングなの社会インフラ、ルールに至るまで総合的なビジョンと産業連携が必要です。

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前回、音楽ビジネスのエコシステムについてを話題にしました。これまで音楽産業も、パッケージビジネスを中心にしながらあまり開放的ではない形で市場を形成していました。レコード会社は自社で新人を発掘、開発し、音源を制作し、工場でCDを生産し、プロモーションし、自社の販売網で流通させる意味で個々企業として垂直統合型のモデルで事業を行ってきたわけです。テレビ局もそうでした。電波帯域を基盤にしながら、番組制作から放送送出、配信インフラ、営業までの総合力で利益を作り出していました。良い悪いではなく、そういうオプションでやってきた訳です。

しかしデシタルネットワーク化の進展やそれに伴い加速するグローバル化やソーシャル化の大きな変化の中で、ビジネスのバリューチェーンを構成していた一つ一つの要素の競争原理が変化しています。コンテンツ制作コストはデジタル化によって格段に低コスト化、コンテンツ流通コストもインターネットとグローバル配信プラットフォームによって劇的に安価になってきています。プロモーションコストはマスに拡散させるには、依然として多額なコストが必要かもしれませんが、特定のターゲットやコミュニティに届けるだけなら、ソーシャルメディアの活用だけでも十分に伝達可能です。そうすると当然、企業がどこで付加価値を訴求し、どこで収益を確保するかが変わってきます。

こういった環境変化の中で、エンタテインメント産業においても、これまで別々の産業と捉えられてきたコンテンツビジネス、メディアビジネス、WEBメディア、興行ビジネス、ゲームビジネス、ソーシャルビジネスなどが、産業を超えた形でエコシステムを形成していくのではないかと想像したりします。企業が一社の最適化だけ考える時代ではなくなってきていると感じるわけです。

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自然界のエコシステムにおいては光合成をする植物、草食動物、肉食動物、死体や排泄物を分解する微生物に至るまでトータルで環境のバランスを維持しています。

きっと産業界も、個々の会社で成立するようなモデルから、共生型のモデルに変化してくのではないかと思います。得意分野をもつ多業種が連携、協同することによって、より大きな付加価値をつくっていく時代になるのかもしれないな、ということです。

これから企業や個人が、生き残っていくために、アーム社のように規模の大きさが絶対条件ではない構造になるように思います。小さな企業や個人が「知識」や「知的財産」をコアにして大きな経済圏を形成することが可能な時代です。

その中で、重要なのは、社会に対して、どういう問題を解決していくのか、どういう付加価値を創出していくのかといった、自ら果たすべきミッションを明確に掲げ、唯一無二の役割を果たすこと、そしてビジョンを同じくする他企業や個人とオープンにWin-Winの関係を築きながら連携、協働していくことが重要になるのではと思うわけです。


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ファブレスの意味
スマートグリッドとは
垂直統合のiOSと、水平分業のAndroid──エコシステムの「隙間」の違いを考える